ゴルドベルク変奏曲

時かけの音楽は曲数もバリエーションも少ないが、こんなに印象的なサウンドトラックはなかなかない。特に、バッハのゴルドベルク変奏曲が効果的に使われている。「ゴルドベルク」の表記がどう、という話をしだすときりがない割りにつまらないのでさっくり省略。

ゴルドベルク変奏曲の基本はアリア(真琴が理科室にノートを運ぶあたりで流れている)。30種類のバリエーションが続いたあと、最後にアリアに戻る、という組曲である。バッハが作曲したころはチェンバロ(クラヴィアとかハープシコードとかいろんな呼び方がある)を念頭においていたようだが、最近は時かけのBGMのようにピアノで演奏される機会が多い。

要するに組曲全体がバリエーションから構成されているので、真琴が時間を飛び回る時かけでの使われ方はまさにぴったり。しかも、理科室再訪のシーンで再度アリアが流れるのは、それ自身が時間の円環の終わりを告げていて切れ味のよさに鳥肌が立った。

時かけでの演奏は譜面をそのまま弾いた感じで余計な緩急や強弱がなくいかにも学校ぽいし(高校生がバッハを弾くのか?という疑問もあるが、まあいないことはないだろう)、BGM向けかもしれない。原作にはショパンのボロネーズが登場するが、ゴルドベルク変奏曲のような何重もの効果は感じられない。

20年ほど前にゴルドベルク変奏曲のCDを買い集めたことがあって、なかでもロシアのピアニスト、タチアナ・ニコラーエワの演奏が気に入っていた。あらためて聞いてみるとこれが実にいい。昔は聞いているうちに眠くなって最後まで聞くことはめったになかった気がするが、今聞くとそれぞれの声部が呼応しあう対位法のめくるめく世界がぐるぐると展開されて聞き終わるのが惜しいような楽しさだ。ひょっとすると、時かけがゴルドベルク変奏曲のいっそうの楽しみを教えてくれたのかもしれない。